身体と思想のあいだで

── 私の仕事と生活について

はじまりに:リラクゼーションを探求する一年

2025年のはじめに、私はお客様へ
「今年は、よりリラクゼーションを探求していきたい」
というメッセージをお送りしました。

もともと静かな時間や、気持ちがゆるむ感覚が好きで、
幸せとは何なのか、心が満たされるとはどういうことなのかを、
日々の生活や仕事の中で考えていたことが、その背景にありました。

美容室という場所で、今の自分にできることは何だろうか。
そう考えたとき、派手な変化ではなく、
ほんの少しでも「より気持ちのいい施術」を積み重ねていく一年にしようと、
そんな気持ちで2025年をスタートさせました。

沖縄の朝とニーチェの言葉

そんな中で、2025年に私自身が大きな影響を受けた一冊があります。

私が読んだのは、光文社古典新訳文庫の『ツァラトゥストラ』でした。 この本は、19世紀ドイツの哲学者ニーチェが書いたもので、人生や死、価値観の転換などを詩のような形式で語った、少し変わった哲学書です。

内容ははっきりしているのに、あまりに難解で、最初はほとんど頭に入ってきませんでした。
読んでいても意味が分からず、それでもなぜか手放せずに、何度もページを行き来していた本です。

はじめて「分かった」と感じたのは、10月に家族で沖縄を訪れたときでした。

子どもたちと妻が眠る早朝、私はひとり目を覚まし、
コーヒーを飲みながらスマートフォンでダウンロードしてあったこの本を再び開きました。

何度も読んできた文章だったからなのか、
いつもと違う空気に包まれていたからなのか、
ある瞬間、それまで理解できなかった言葉が、
意味のあるものとしてすっと頭に入ってきました。

その感覚は、世紀の大発見でもしたかのような衝撃でした。

生き方の美学と静かな覚醒

読み進めるうちに、この本に書かれていることは、単なる哲学ではなく「生き方の美学」だと感じるようになりました。

過去の自分が抱いてきた違和感がそっと肯定され、これからの生き方に対する迷いも、どこか静かに導かれていくような感覚がありました。

たとえば、精神の三つの変化――「らくだ」「ライオン」「子供」へと進んでいく成長の比喩は、振り返れば、まさに私自身が歩んできた道そのもののようでした。

また、最も優れた人は、その最盛期に自ら身を引き、美しく死を迎える――そんな思想に触れたとき、生きることと死ぬことが、一つの流れとして穏やかに結ばれているように感じました。

ニーチェの言葉はとても静かで、そっとその場に置かれた小石のようなものでした。自ら気づいて拾わなければ、そのまま忘れてしまうような、けれど確かにそこに在る言葉たち。

過去にこれほどまでに人生について考え抜いた人がいたという事実に、私は深く感動し、そこから得られる恩恵を、ただありがたく受け取っていたのだと思います。

この本は小説のように順を追って読むものではなく、
章ごとに気になったところを拾い読みしていました。

不思議なことに、ある一文を「読めた」と感じた瞬間から、
他の章もするすると理解できるようになり、
まるで何かが覚醒したような感覚がありました。

美容の現場で触れる「老い」と「生」

生きるとか、死ぬとか。
そうした言葉で語ると少し極端に聞こえるかもしれません。

けれど私は、美容師という仕事の中で、
お客様の「美容の悩み」と日々向き合い続けています。

そしてそれは、「老い」と向き合うことでもあります。

老いの延長線上には、いずれ誰にでも訪れる「死」がある。

だからといって、老いや死を遠ざけることが
本当の美しさにつながるのかというと、私はそうは思いません。

むしろ、老いや変化を受け入れながら、
「今の自分」を丁寧に生きている人ほど、
若々しく、魅力的に見えることが多い。

それは、これまで多くのお客様と向き合ってきた中で、
私が実感として感じていることです。

ある一定の年齢を超えてからの美容というのは、
単に若く見せるための技術ではなく、
その人の生き方が、自然と表情や佇まいに現れてくるものだと感じています。

単に若く見せるためではなく、どのように生きてきたかが自然と表情や佇まいに現れる。
美容とは、そうした生き方がにじみ出た結果ではないかと思うのです。

哲学を実践へと落とし込む

ここまでの話は少し哲学的に聞こえたかもしれませんが、
私は結局のところ、実践こそがすべてだと思っています。

思考や言葉よりも、どのように行動し、どう生きるか。
その積み重ねこそが、美容師としての在り方に直結していくと感じています。

私にとって「自分らしい今を生きる」とは、
単に自然体でいるということではなく、
日々、内省し続けることです。

私は「ライオン」の段階を越えて、
もっと自由に、新しいものを生み出せるような、
子供のような精神で生きられる人間になりたい——
そんなふうに感じています。

おわりに:統合し、丁寧に生きるということ

身体と思想。
家族と仕事。
自然と都市。
快と不快。
そして、生と死。

それぞれが対立するように見えるこれらのものを、切り離さずに、統合しながら生きていくこと。
どちらかに偏るのではなく、そのあわいに身を置き、揺れながら、選びながら、生きていくこと。

私は、美容師として、そして一人の人間として、
お客様一人ひとりの悩みや存在に、丁寧に向き合う働き方を大切にしていきたいと思っています。

どんなに時代が変わっても、静かで、ささやかな実践の積み重ねこそが、
本当の意味での“美しさ”に近づいていける道だと、信じています。

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